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story02

背中

聞き慣れた音と共にスマホの画面が光った。
「一周忌 今日 10:30」
スマホのリマインダーが父の一周忌を伝える。医療機器の営業をしていた父は、根っからの仕事人間だった。父と遊んだ記憶はほとんどない。土曜日や日曜日であっても、呼び出されるとすぐに車に乗り込む父の後ろ姿を、今でもはっきりと覚えている。小学校に入る頃には「キャッチボールしよう!」なんていう、子どもらしいお願いを父にすることすらなくなっていたように思う。

法要が無事に終わり実家に戻る途中、「直紀も父さんに似てきたわ」と母がつぶやいた。そう言われても、自分ではピンと来ない。
「最近、ようやく父さんの服とか物を整理し始めたのよ。だけどね、1人だとなかなか進まなくて。直紀も手伝ってくれない?」
母はそう言ってタクシーを降りると、返事も聞かずにそそくさと玄関の鍵を開けて中に入っていった。
台所に立つ小さな背中を久しぶりに眺めながら、スマホを取り出して明日の予定を確認する。午前中のプロジェクト会議のために、いつもより早く出社したい。帰りは遅くても19時の電車に乗らないと・・・。そう考えていると、コーヒーの良い香りが広がってきた。
「コーヒー、入ったわよ」
受け取ったマグカップは父が長年愛用していたものだった。母と向き合ってコーヒーを飲む父の姿を思い浮かべながら、カップに口をつける。
「直紀、足元の段ボールを開けてみて」
箱の中には、濃紺の手帳がびっしりと並んでいた。その一冊を手に取ると、いかにも父らしい几帳面な文字が目に飛び込んできた。左ページに各日のアポイントが、右ページには納品した医療器機に対するクライアントの感想や苦情、要望が丁寧に書き込んである。
父の文字を目で追ううちに、いつしか夢中になってページをめくっていた。要望が製品開発に反映されない苛立ちや、偶然に出会った患者から感謝されて嬉しかったこと。そして、父の「家を買う」という夢・・・。読み進めるほど、私の知らない父の姿がそこにあった。二冊目を閉じ、三冊目に手を伸ばしてふと顔を上げると、母と目が合った。「ねぇ、懐かしいもの見つけちゃった」そう言って、母は1990年の手帳を私に渡した。手帳を開くとカバーの隙間に丁寧に折りたたまれた紙が挟んである。ずいぶん長いこと持ち歩いたのだろう、すり切れそうになっている。恐る恐る広げると、そこには「パパ ありがとう」のつたない文字と、父と母と私、そして柴犬のゴンが描かれている。それは、「犬を飼う」という夢が叶った嬉しさのあまり、幼い私が父に送った手紙だった

1990年と言えば、父はちょうど今の自分と同じ年齢だ。そのころ、この家に引っ越してきた。
「父さんが『直紀は犬を飼いたいんだろう』って急に言い出して、家を買うことになったのよ。それまで住んでいた社宅はペット禁止だったから」
そう言って母はマグカップを持って立ち上がった。だけど、私は知っていた。母がずっとマイホームに憧れていたことを。そして、実は父もそれを知っていたのだ。さっき見つけた「家を買う」という父の夢が書かれていたのは、私が「犬が飼いたい」と言い出すよりも前の手帳だったから。私が考えていたよりもずっと深く、父は家族のことを想っていた。そのことを、古い手帳が教えてくれた。

「母さん、この手帳もらってもいいかな?
それと、同じ手帳がどこで売っているのか知ってる?」

父の行きつけの文具店を聞いた私は、予定よりも早く家を出ることにした。駅までの下り坂を1人で歩く。やわらかく照らす満月のせいか、見慣れた風景が少し違って見えた。

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[ML]ブルーダイアリー・ML
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JANコード:4510165008293

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STORY 01

秘密の手帳

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STORY 03

夢の続き

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