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秘密手帳

明後日に迫ったプレゼンの資料をプリントして席に戻る。資料をパラパラと確認した後、松本さんの姿を探す。松本さんは、私の上司だ。本来なら松本編集長と呼ぶべきだろうが、「呼び方は名前で」と譲らなかった。
少し離れた席に松本さんを見つけ、資料を手に立ち上がった瞬間、彼女の机の上でスマホが震えた。
「○○出版の松本です」
スマホを左手に持ち、机をなでるように右手の指を滑らせて手帳を近くに寄せる。前後のページをめくってスケジュールを確認し、「では、17日の13時にお伺いします。よろしくお願いします」と締めくくって電話を切る。そこまでの動きは、全く無駄がなく美しい。新たに入ったアポイントを書き込んだ後、開いたままの手帳をいつも通りPCの横に戻し、カタカタとキーボードを叩き始めた。

「これ、確認をお願いします」
PCの画面から目を離し、彼女はプレゼン資料を受け取って何枚かめくった。
「良くできてる。提案内容も良いし、色の使い方が上手ね。とっても見やすい」
「松本さんの手帳もカラフルですよね。あっ、見えちゃって。すみません」
「これねぇ、仕事とプライベートを色分けしてるの。それに、娘の誕生日とか重要なイベントは蛍光ペンでなぞったり。学生時代のノートみたいで、案外楽しいのよね」
そう言って、手帳を見せてくれた。上品なキャメルのカバーがいかにも洗練された彼女らしい。1カ月の予定がひと目で分かるタイプで、広めの余白に書き出された『TO DOリスト』のいくつかには、恐らく「完了」を意味するシールが貼られている。
リストの一番上に「野菜ソムリエ試験まで、あと3カ月!」という文字を見つけ、私は思わず身を乗り出した。
「野菜ソムリエ、取るんですか?」
「そうなの。娘にもっと野菜を食べてもらいたいし、企画にも役立ちそうだから。手帳に書いておくと、自然と目に入って、なんだか『頑張るぞ』って気になるのよね」
「スケジュール帳ってそんな使い方もあるんですね」

私にとって、それは新鮮な発見だった。
「勉強を兼ねてレシピ本の企画に使えそうな部分をメモしたり、実際に野菜を食べた感想を書き留めたり、アイデア帳としても使いやすいの」
そのページを開こうとして思い直したのか、彼女はパタンと手帳を閉じた。名編集者である彼女がどんな風にアイデアを練っているのか?
一番知りたいところだったが、しっかりと閉じられた手帳が「この先は企業秘密です」と語っている。

入社して3年。日々の業務をそつなくこなせるようになり、仕事にやりがいを感じつつも何か物足りなさを私は感じ始めていた。それは何故なのか。あまり考えないようにしていたけれど、松本さんの手帳を見て分かった気がする。

席に戻り、スケジュール管理にしか使っていなかった手帳を開いた。大きく息を吸って、<目標!>と書き込んだ。
半年後の自分を思い浮かべながら。

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60%NoTE Diary
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1,600円+税
JANコード:※一部店舗商品

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STORY 02

父の手紙

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夢の続き

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